ながされて無職

無職になった50代女性一人暮らし。ずっと働かないわけじゃない。

仕事への気持ち、大きな変化の恐ろしさよ

クリスマスも近づき、街もキラキラしていますね。

ここで、サンタさんとトナカイさんに質問でーす。

何人で仕事回してますか?

普段は何してるんですか?調べもの?(子の好み・親の経済状況・道順とか)ダンドリはどの業界でも大事ですよね。

毎年おんなじ仕事みたいだけど、飽きないんですか?

 

感謝されるから大丈夫?

それ「やりがい搾取」みたいなことになってないですか?地球結構広いんですけど。

鼻赤いのホントはしもやけですか?隠して仕事することないと思う、私。

 

いやー、高齢になっても同じ仕事を粛々とできるなんて、ほんとすごいことですよ。

マジ尊敬。

 めっちゃ働き者のご両人、やる気に満ち溢れている(ように見える)

 

スゴイ人もちゃんといる

世の中の、一つの仕事をちゃんと勤めあげられる人に、強く強く尊敬を抱くのであります。辞めたいことなんて山のようにあったでしょうに。

さっさと仕事を辞めてしまうふがいない自分との差よ。

 

また、若いころから自分が仕事をしたくないんだなとわかっている人。

この人たちも最近ああすごいなと思うようになりました。

自分に合った生き方を腹をくくって作り上げることができるのだろうなあ、とうらやましく思うのです。

 

大きく変わった仕事をすることへの思い

現在こうして無職でいるわけですが、自分、若いころは、驚くことに、なななな、なんと・・・。

仕事がイヤでもなかったのですよーーーーー!

むしろ「やってやりますわ」の勢いだったのです。

信じて!

いや、まず自分が信じられない!

 

直近の退職前なんて、もう泣くほど仕事がしたくなかったよ。

この劇的な変化は、どうしたことでしょう?

 

 

イッツ マジーック!!

 

若いころの熱意

転職はなんだかんだ繰り返していた私。無職の素養は見えていたか?

しかしですね、若いころの自分の転職の動機。それが・・・。

「経験を詰むためいろいろ現場で働きたい!」という、ものだった!

異様なポジティブさ、なんかキモチワルイ?ソウカナ?

深層心理は自分には見えないわけですが、意識のうえではあきらかに真面目に思っておりました。

職業は、サービス業内の技術職みたいな感じだったのですが、自分の技術を早く上げたいとギラギラしておりました。

新しい環境に身を置くのも刺激にあふれていて、はりきって仕事をしていましたよ。

そんで「技術が向上する」「実績を上げる」「チームでなんか達成する」(←自分から見てですけどねー)に近いことがちょろっとあるだけで、んもう、脳内麻薬どばどばですよ。

のめり込む人の気持ちもわからんでもない。

 

もちろん当時も、日曜の夜は「仕事、や~だな~」とはなりました。けれど月曜がくれば次から次へとやることもあり、またたく間に日々は過ぎる。

休みの日はカフェ(ぷぷ!気取っとるがな)でコーヒーをしばきつつ、

「ああ、仕事があって収入があって、自分の金で生きてる。この生活が続くといいな!」と思っていたのですよ。(思わず赤字)

 

これ?本当にワタシなんですか?

 

情熱はどこ行った?

ところがですね。

45歳を過ぎたころから徐々に、ものすごーく仕事をしたくなくなっていくわけです。

ほら、仕事続けるときって、「ダマシダマシ」のメンタルも大事だったりしますよね。そのダマシが、「あれ?効かなくなってきたか?」。

ちょっとしたことがすごくダメージに感じられて。

「ナンカ、モノスゴク、ツラインデスケド・・・」

 

また、大なり小なり、日々、失敗もし、解決すべきことや自分の長期的な課題など、出てくるのは当たり前。その当たり前に、今までのようにきちんと向き合えず。

「またヤラカシタ・・・」

「そんな先のことなんてカンガエラレナイヨ・・・」

 

果ては、サービス業ならではのちょっとした要望に応え続けることさえ(クレームではない)つらくなってきて。

「今日も、明日も、あさっても・・・。あと何年?奴隷?」

「ナンカ・・・もう・・・タエラレナイ・・・」と。

めそめそ・・・めそめそ・・・。

 

なんだこの展開は。

(年齢的に更年期治療というのもやってみましたが、無職の現在に至っています)

 

うつろう気持ち、思いもよらない人生

若いころの私は、50代の自分がよもや無職となりプラプラ生活を続けているなんて想像もしていませんでした。

多少なんだかんだあろうとも充実感を持ちつつ仕事をする生活が継続すると、何の疑いももたず、信じ込んでおりました。

 

世の働くみなさんに教えてほしい。

こんなにふり幅あるものでしょうか?あってもがんばって仕事してるのかしら?続けられるのでしょうか?

 

ここで登場、「セミリタイア生活」村の若い人

私が驚くのは、ある程度若いころから、自身が会社等で働き続ける生き方を選ばないであろうことを想定している人がいることです。

前にブログ村の記事を書きました。

nagasarete.hatenablog.com

そこには、30代くらいから、すでにリタイアしている人、あるいは早期の退職の準備を進めつつ会社員などを続けている人がいます。

現在私と同年代の人なども、若いころから、退職を想定し準備してきた様子。

 

ブログで表現する人の後ろには表現することのない人が多くいることを考えると、一定の割合で、「若いころから変わらず準備し続ける人」がいるということ。

自身の適性を考える能力があったのか?

遠い未来のいくつかの可能性を想定できたのか?

心をコントロールしながら継続できるからか?

 

若いころの自分なんて、こんなに自分が変わるなどどは夢にも思わず、「残業さあこい!持ち帰り仕事上等!」くらい能天気。

年齢を経て自分が変化する、状況も変わる可能性があることに思い至り、いくつかの選択肢を想定して人生を設定できていれば、今は違っていたかもしれないな。

(自分よ、お金ためとけ!投資を始めておけ!)

自分がこれほど変わるなんて露ほども思わなかったな。

 

自分を信頼しすぎるな

お若いみなさんに老婆心ながらひとこと言いたい。

「自分が常に自分であると信じすぎるな」ということを。

自分は変化するかもしれないことを心の片すみに置き、人生に幅をもたせることも必要かもしれない。

 

しかし、しかしですね。

何も考えず暗闇に向かって突き進むことができるのも若さあればこそ、それが人生の輝きの一つでもあるかなとも思うわけです。

あのころの自分もアレはアレでしょうがなかったのかなー。

 

現実を見れば

はいー。今現在、経済的な問題がしっかり残っており、危機的状況に近づいております。

(無職生活はひじょうに楽しいよー)

 

ああ、でもさ、うつろいやすいこの心。

再度気持ちががらりと変わり、

「こんなことしてられない!仕事しなければ!お金も稼ぎたいっ!」ってならないものかね。

 

ということで、サンタさんへの今年のリクエストは、さしあたりやる気の出る魔法のドリンクとかかな?希望はユン〇〇みたいな効果が数時間でなく、もっと続くヤツがいいです。(それあぶないよ)

わからないですよ。数年後に私がどんな生活をしているかはね!

 

馬車馬のように働いているかもよ!